季節への信頼 – ソーシャルスキル・プログラム
2006/09/18
コラム

季節への信頼

ようやく秋が来た
と思ったら次の日は
うだるような暑さであったり
あるところでは
雨ごいが必要なほどなのに
一方では
雨にたたられ災害が起きるなど

このごろのオテントサマは
信用ができないなあ
という気がします

私がが少なくとも?
10代だったころは
もう少し季節に
メリハリがあったように思います
いろんな出来事にまつわるように
また身体に沿うように
季節の始まりや区切りをについて
記憶しています

お盆を過ぎる頃には
なんとか猛暑に区切りがつけることができて
9月になれば
すこしおしゃれにこだわれば
うすい長袖をきることもできました
そして突然にある朝
森閑とした空気がやってきて
そこから秋が空いっぱいに広がるのでした

ところが今では
いっこうににカレンダーで季節は決まらなくて
気が付けば脳も身体も
季節の移り変わりへの予感を
すっかりしまいこんでいる状態になりました

「どうせまた明日はわからないから」
「まだまだ夏はこんなもんじゃないかも」

そういえば街のなかでも
人の季節感はバラバラで
蒸し暑いのにスエードのブーツを履いている人がいて
湯上りのようなサマードレスの人もいて・・・

季節を共有する文化
というのは大げさかもしれませんが
日本の風土も
そこから変わってきているのかもしれません

自分が感じるままに
自分が心地のよい状態の
自分が納得できるスタイルで生きればいい

ということで
みんなのたしなみの共通項
暗黙知が
まかり通らない時代になっている

もちろん「個」は大切なので
人や世間におもねるばかりの生き方は
けして
いいとは言えないものだと思います

しかし
ともに季節をめでて共有しあう
そんな日本の文化も捨てがたい
と感じます

そういえば
昨日電車の中で
顔そりをしている
女子高生に出会いました
手鏡を持ち、安全かみそりで
「私おっさんみたいやはあ~!」
と言いながら顔をそり上げていました
これも新しい文化の登場?でしょうか