喧嘩の流儀 – ソーシャルスキル・プログラム
2018/11/09
コラム

喧嘩の流儀

 

喧嘩~けんか~

「口」に宣言の「宣」

「口」に華やかの「華」

と見ると

なかなか面白いですね

自分の主張を華やかに届けあう・・・でしょうか

 

喧嘩と同じかどうかはさておいても

お隣同士から世界単位まで

私たちの周りに

紛争戦い論争の存在は枚挙にいとまがありません

 

そこにある共通項は

互いの「唯一の正しさ」を主張しあっているということ

正しさは自分側にあり

相手に変化修正を求めて譲らないということでしょう

 

そして「プラグマティズム」という思想があります

「実用主義」とも言います

この思想哲学は

唯一の正しさに対して懐疑的です

そもそもこの世に絶対的な真理などがあるのか

真理はいつなんどきでも真理であり続けられることなのか

それよりも現実的に有用な方向を

対話でめざし合っていく方が

私たちにとって効果的ではないかという考えです

 

私はこのプラグマティズムに出会ったとき

本当にガツンとやられました

白黒思考にからめとられていた実態

白も黒も決められないところからの絶望感

などなどから

瞬時に開放された気がしています

 

この世の中に

喧嘩はあるでしょう

人間ですから

喧嘩もいいでしょう

しかし心のどこかで

唯一の正しさ信仰への懐疑的精神があれば

もう少し私たちは

自論に対して謙虚になれるかもしれません

そして永遠に続くかもしれない喧嘩に対しても

お互いがあってこその喧嘩

あなたも私も生き長らえるように

まあボチボチ怪我しない程度にやっていきましょうか

とういうふうに

節度あることになりはしまいかと思うのです

 

結論を急がない

真理への到達をゴールと決め込まない

ただ「今」少なくとも選び取れる方法を

対話という進行形で選び取っていく

そのようないわゆる「曖昧性」を

また持ちづけられたらなと考えます