『どこをみてあるくか』 – ソーシャルスキル・プログラム
2009/02/28
コラム

『どこをみてあるくか』

なぜか
小学校の頃は
“大人になったら”
という概念をいつも携えて
日々を歩いていた気がします

その一方で
子どもである今を
子どもらしく生きよう~!
のような
変に作為的な
意識も持ち合わせている
子どもでもありました

なぜ
時代の“自分”に埋没しきれなかったのか
夢中で我を忘れる
そんな体験があったのに
そのことを忘れているだけなのか
我を忘れていなかった
場面ばかりを覚えているためなのか

真相はさだかではありませんが
どうも私は“らしさ”を意識しすぎて生きてきたのかもしれません
子どもらしい私とは?
大人らしいおとなになるためには?
そんな箱物意識?!が多分にあったように思います

そこで置き去りにされていたのは
ただ、今、ある、自分そのもの

なかなか
人の持つシステム
というか
気づかずに考えてしまっているくせ
は、変化しにくいもので
どうも大人になって久しい
つい最近まで
私は“あるべきらしさ”を求めて
前ばかり見て歩いてきました

しかし
さすがに
長年、前を見つめ続けていると
さすがに首が疲れ
肩がコリ
視力にも自信がなくなり
モラトリアムにもホコリが被り・・・

なんか「もう、いいか!」
とある日の快速急行の中で
ふと、息がもれたのです

今日の先に
たまたま前があり☆
今日の私のほかに
とりあえず私はいないのだ☆

そんな当たり前のことが
わかっていない驚きもさることながら

私は少し
今の私の
「ファン」になることができました

これからは
どこを見てあるくか

壁や電柱に激突しない程度に
自分の踏みしめ歩くその足元を
私のくるぶしあたりを
にんまり
眺めて歩いていきたいと思います