「実存は本質に先立つ」指導を – ソーシャルスキル・プログラム
2018/06/04
コラム

「実存は本質に先立つ」指導を

 

「実存は本質に先立つ」

文学者であり、哲学者でもあるサルトルの言葉です

 

まずベースに

「存在には本質がない」とする考え方があり

存在自体は初めには何をも意味するものではなく

その本質や意味は

後に作られていくものだということだそうです

1945年10月パリでの講演でサルトルは

「実存主義はヒューマニズムである」と述べました

 

実存主義とヒューマニズムが結びつくとは・・・

ちょっと驚き!です

 

生命として存在を得た私たちに

(そう、自ら望んだわけでもなく気が付けば生まれていたわけで)

始めから与えられた価値や概念はなく

今ここから存在し、存在し続ける中から

自らが【自らを創り出していくもの】とするならば

人間存在に、自由と尊厳を感じずにはいられません

【主体的自由】がここにあります

 

このことを考えると

「指導や矯正」ということが果たして有りうることなのか

昨今のビジネスやスポーツ界のハラスメント問題など

その根幹に疑問が湧いてきます

人の上に立つ人間の【役割】というものを

始めから考え直さねばならないと思います

 

あえて指導者たる人と

指導を受ける人がいるとするならば

両者ともに創り上げられつつある「本質」が

そもそも違うことこそが自然なのであり

一致させようと、指導者側が一方的に導く方向性には

とうてい意味があるようには思えません

 

指導者という役割は

まず「実存」に光を当てることができること、ではないかと思います

(当たり前のことですが尊厳を重視すること)

そして指導とは

指導を受ける人の主体的な本質への開花を応援すること

それしかないのではないかと考えます

 

【実存に光を当てる】

このヒューマニズムが

ビジネスにもスポーツ界にも

あらためて求められている気がします